つぶやき
鉄人28号見参!!

鉄人28号に逢って来た!
身長18m/体重50t
さすが,『ヨッ!ロボ師速水!』
(速水さんはこの鉄人のポージングの原型を作った原型師さんの名前。加藤礼次朗氏から教えてもらったんです。ちょっとオタクぶってみました)
街灯も鉄人、お見事です!
場所は、新長田駅から徒歩2分の若松公園。
公園の西側には駒ヶ林中学がある。震災の時避難所になっていた学校で、毎日のように訪れていた。
崩れ焼け爛れた周辺も整備され、いまでは何事も無かったかのようだ・・・。16年という年月が、長いのか短いのか・・・。
今日、若松公園に来た目的は実は鉄人に逢いに来たのではない。
お隣の公園で、奄美・徳之島出身の方たちの運動会に呼ばれていたのだ。
僕はスプーン競争に出場、見事一等賞になる。
久しぶりにいい汗かいた。
鉄人と、「はいポーズ!」 徳之島の鉄人と、「はいポーズ!」
脱行政システム
震災後、神戸市役所の職員の方々と数多くの仕事をして来ましたが、優れた方々、有能な方々は数多くいらっしゃいました。しかし、現行の行政システムが現代の社会システムとあまりにもかけ離れているために、十分にその方々の能力・資質を生かすことが出来ていないのです。
行政システムの、何が?どこが?どうして?問題なのかを、最近書いているものから一部抜粋してみました。
ご意見・ご批判はメールまでお願いします!
●予算編成システムの不思議さ?―公会計から企業会計へ―
すべて行政職員で予算編成を行い、出来た予算に対して議員に賛否を問う。その時、職員は議員から出ると想定される質問に対して、回答を担当する職員がすでに回答を準備しているんです。そして、すべての関係資料は行政職員の手にある為、資料不足の議員は深く鋭い質問出来ないんです。予算は各部門で必要額を作成します。問題はその期中に予算をすべて消化しなければ翌年の予算が削られるというシステムのため、何が何でも今年度中に消化しようと努力しているのです。それでも余ってしまう費用は、仕事もしていない業者に先払いをして領収書を確保し辻褄合わせているんです。業者に預けた金額は不正蓄財にまわす,当然、業者は告発すれば仕事が来なくなるために行政職員の言うがままになるんですね。これが千葉県で行われた不正の手口でしょう。民間事業者には、仕掛かり・未収金・未払い金・預かり金等、期末から翌期にまたがる会計処理の方法がありますが、行政は全てその期に絶対収めるというシステムのため、期末が近づくと変な工事が始まるのも、その期に予算を何が何でも消化しようとするからなんですね。どこの地方自治体も同じようなシステムのために、千葉県と同じことが起こって当然、と言うより、起こらないほうががおかしいですよね。これらの問題点を解決するには、議員立法で予算を立て、会計は企業会計の視点を取り入れることが必要でしょう。
●いま行政システムを変えなければ!
予算は、各部門ごとに編成されますが、各部門間の横の連携がないために、普通の市民が急いで執行してもらいたい事業があっても、他の部門で市民にとってはあまり急いで執行しなくてもよい事業が先に執行されるという事態が多々起こります。予算の使い方も、普通の市民が速やかに執行する必要性があることを訴えても執行されないのは、全ての予算を期中に執行する事を第一優先しているからなんです。
●いまだにハ-ド重視?
単純な事で、箱物は『建設費用』という、それだけで費用を掛けた証拠としての形が残りますが、ソフトは形として残らないからです。そして、いつの日かその箱物の利用価値がなくなっても、それ以降管理費用がいくら掛かろうが、箱物建設当時の担当者は他の部門に転属しているため、パッキングが古くなった水道の蛇口のようにだらだらと漏れていくんです。後任の箱物担当者はその箱物の利用価値がなくなっているのをわかっていても、それを自分が建設をした訳でもないからあまり責任を感じず、ソフト面の利用方法や諸経費の削減に積極的に手をつけないんです。
●なぜ職員は数年で転属するの?
役所は同じ部門に長くいると業者との癒着が起こる可能性が高いためと、各職場を経験する事で市民の要望がどの部門に行っても理解できるようにするためです。癒着についていえば、基本的に職員を信用しておらず癒着があるという前提に立った判断をしているからでしょう。公に奉仕することに情熱を持っている職員のほうが多いのに・・・悲しい発想です。それならいっそ、現代版『科挙制度』でも作りますか。
民間事業者では業績を上げている管理者はあまり転勤させませんよね、ただし業績の悪い部門に建て直しのために転属することは多々あります。役所の場合はその部門が大きな赤字を生んでもその後、昇給・昇進して転属する事が多々あります。まさに年功序列方式のためなんでしょう。これでは体を張って赤字を解消するという意欲は削がれますよね。
今夜はこのくらいで・・・お時間とお暇のある方は、いまから8年ほど前に書いた『創発する神戸』を読んでみてください。いまの僕の考えと何も変わらないし・・・世の中も何も変わってないから・・・
コレでいいのかッ!?いう感じかな。
それじゃ、おやすみ
正夢か!?それが問題だ!?
「ア~ァ~よく寝た!・・・それにしても騒々しかったな・・・8月30日までは何も発言するな!だれの応援もするな!と、天の声?があったから、ただただ寝ていたけど・・・」
「そうそう、こんな夢を見たよ、僕がスペインに居るんだ、それも闘牛場!!しかも、ピカソが描いたあの闘牛場なんだ!僕は凄く興奮していた!
・・・でも僕はある瞬間闘牛士であり、ある瞬間手負いの牛でもあったんだ・・・」
「・・・そうだ、もうすぐ神戸は市長選・・・またみんな勝手な事を言うんだろうなァ・・・民主党の公認が取れなかったから今回は出馬しないだろうなんていう噂をもう立てられているし、立候補予定者の黒子からは、出ないでください!応援だけしてください!なんて都合のいいこと言って来るし・・・
神戸丸は、市民を乗せず何処へ・・・っていう感じだな・・・。」
「ア~ァ~面倒臭いから、また寝ようかな・・・そうだ、闘牛場へ戻ろうかな!?
それとも・・・」
お疲れさまでした
みなさん、ゴールデン・ウイーク
いかがお過ごしでしたか![]()
。
僕は恒例行事になった、庭の草抜き
に汗を流しました。
・・・ですが・・・芝生がついに雑草集団に包囲され
、あと一手で敗北
・・・作戦を立て直さなくちゃ
・・・。
それにしても、自然界の力強さを改めて実感
した、今日この頃でした。
おやすみなさい
。
みなさんからのご意見
「財政が破綻してるっていう時に二兆円もばらまくなんて、そのお金何処から出てるの?」(島根の
さん)
「定額給付金なんてもっともらしい名前付けてるけど、その分税金を減らして」(東京都
さん)
「よくわかんないけど?臨時収入!ラッキー!」(兵庫県
さん)
「派遣切りで仕事が無くなった人や、日本に働きに来て仕事が無くなって困っている外国人が静岡にはいっぱいいます。住むところもなくて公園や橋の下で暮らしているんですよ・・・麻生さん見に来てください。そういう人たちに渡してあげるべきだと思います」(静岡県
さん)
「先日ニュースを見ていたら、トラックの運転手さんたちは安い賃金で無理して走っていると言ってました。高速道路を使ってる運転手さんたちの通行料を千円にしてあげるべきです」(山口県
さん)
「家族で久しぶりにロングドライブに行って来ました。通行料は千円でしたが、ガソリン代はシッカリかかりました・・・。車はガソリンで走るんですね・・・」(大阪府
さん)
「全国には38万人の方が老人ホームへの入所を待っているそうです。お年寄りの方々が入れる施設を作るためにそのお金を使った方が意味があると思います」(東京都
さん)
「お母さんが、私が貯金しといてあげると言って渡してくれません。ニュースでは総理大臣が、このお金は使わなければ意味が無いと言っていました。どっちなんですか?」(北海道
さん)
「わたしは格安香港ツアーに行って来まーす」(愛知県
さん)
「定額給付金ですが、秩父市は埼玉県内で一番最初の振込みをするという市長の方針のもと、今月半ばから受付始めましたが、申込者殺到でした。個人的には、「何でも1番最初」に拘ることないのになぁ・・・とも思いますが」(秩父市
さん)
みなさんから175通のメールを頂きました。全部お載せ出来ないのが残念ですが、主だったのもから順次載せさせて頂きました。
内山節くんの『怯えの時代』から
『・・・短期的な利益の増大が長期的な不利益を増加させる。経済を発展させていくことは私たちの短期的な利益にかなうとしても、長期的には、そのことによって、資源の枯渇や環境の破壊が生じ、私たちに巨大な不利益を発生させてしまうのではないか・・・経済が拡大再生産をとげつづけるなら、いずれ食料や資源の限界という問題に、すなわち自然の有限性という問題に、直面しなければならない時代が訪れるだろう・・・』
「
そうだ、目先の事象に惑わされることなく、シッカリ将来を見据え生活していかなければ!・・・
そうだ、明日は春物のピンクのジャケットを買いに行かなくちゃ!」・・・
消費に毒されたボクでした。
必読書
・・・先の見えない時代の渦に翻弄されている僕たちは、何処に向かっているのか?
内山節くんの著書、『怯えの時代』(新潮選書ISBN978-4-10-603629)は、その糸口を明確に提示している名著です!。
ぜひご家族でお読みください、そして語り合ってください。
内山くんとは高校生の時に出会いました。
熱かった僕たちは、マルクス・エンゲルスの著作の読書会を開いていました。
・・・でも、彼の読解力とその分析力の凄さに、集まった高校生たちは一言も発言出来なかったことを覚えています、当然僕も・・・。
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教えて!
NHK『ラジオビタミン』のCD(色は当然ピンク!)が届いたのですが、
お送りいただいた住所のデーターを
誤って消してしまいました・・・ゴメンナサイ。
お手数ですが、horiuchimasami@nifty.comまで、いま一度お送り先をお送りください![]()
みなさんご住所ありがとうございました!
30枚のCD、発送作業?に入ります。いましばらくお待ちください。
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信じられない!?
お隣さんから、「昨日の三時半ごろ、日本猿がホリウチさんちの庭に置いてあるオレンジを、フェンスを乗り越えて捕りに来ましたよ」との目撃報告を受ける。
「エッ、猿ですか!?」
「そうですよ、ここに三十年近く住んでますけど、猿を見たのは初めてです」、とのこと。
捕られたオレンジは、野鳥用に毎日置いているものだ。
朝からカメラを構えて猿の登場を待ったが、日没になってしまった・・・。
残念・・・明日もカメラを構えるぞ!
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初観戦
友人がボクシングの試合のチケットを差し出した。「・・・ボク、ボクシングはあんまり・・・?」と言うと、彼は言った、「スキキライの問題じゃないよ、俳優さんなんだから何でも見とかなきゃ!」「・・・でもこの年で・・・」「誰もホリウチさんにボクサーやれとは言わないだろぅ、でも、トレーナーやセコンドの役やる時あるかもしれないんだよ、何でもケイケン!ケイケン!」「なるほど!」というわけで、試合を観に行くことになった。でも・・・チョッと怖いかも・・・。
試合のタイトルは、『ワールドプレミアムボクシングVOL・8-WBC世界バンタム級タイトルマッチー長谷川穂積vsプシ・マリンガ 』。会場は神戸ワールド記念ホール。
長谷川選手は、神戸・三宮のボクが行きつけの喫茶店で何回か会った事がある。ちょうどチャンピオンになった頃だ。「おめでとう!」と言葉をかけると、テレながらチョコンと頭を下げた。「やさしい顔した礼儀正しい青年だなぁ~」という印象だったのを思い出した。
果たしてリング上の彼は!?
・・・そしてボクはその痛みに絶えられるのか・・・。
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深川ぶらり
加藤くんのご実家、イサミ硬質硝子の工場を訪ねる。
1300度という坩堝の横では、お兄さんが成形している。坩堝の熱気とお兄さんの鋭さに緊張する。
お母さんにお会いする。「ホリウチさん、いまオシナサマを飾ってたんですよ!」。出たッ、「オシナサマ」、チャキチャキの江戸っ子だ!。
加藤くんが、ぜひ、どぜうを食べて欲しいと言う。「エッ僕はうなぎで・・・」
店に着く。タイムスリップしたようなお店だ。
『どぜう 伊せ喜』、創業は120年程前だそうだ。
出たッ、丸のまんま。ワザとらしく仰け反る僕と、したり顔の加藤くん。
その顔を見て思う、「・・・加藤くんも実家で半年ぐらい仕事をしたらスッキリするのに、そうだ硝子工房ダイエットなんていいかも!?」
下北ぶらり
デビュー当時からの友人佐久間さん若尾君と,下北に行く。
※ここでの下北は青森の下北半島ではない、小田急線の下北沢、略して、下北。
佐久間さんとは下北沢で、くらやという民芸品の店をやっていたことがある。若尾君とは学生時代からの付き合いだ。
久しぶりに降り立った下北沢には、あの下北沢はなかった・・・。
つまらなそうな僕に佐久間さんは言った、「ホリウチさん、淡島に昭和が残っているカレー屋があるからそこに行こう!」。僕たちは歩き出した。
住宅街を歩いていると、そこにポツンと魚屋さんがあった、八百屋さんも。

ひと気のない北澤八幡宮の参道右手には、東京オリンピック誘致の幟が寂しく?はためいていた・・・
一休みしてお灸体験をしたかったが、お休みだった・・・残念
下北から、ブラブラ歩いて30分。
カレー専門店『ゴッホ』に到着!
店名の由来を聞くと、「カレーは黄色→黄色はひまわり→ひまわりはゴッホ→だからゴッホになったんです」とご主人は言った→マジで・・・
ミックス・カレー、久しぶりに美味しいカレーに出会う!
出会い出会い出会い
昨日ご一緒した村上アナウンサーから電話が入り、夕食に誘われる。話があるそうだ、『ピンク同盟結成!』について!?エッ!
お店は赤坂にある、沖縄懐石『赤坂譚亭』。
お店に入ると、先日読んだ、『沖縄の独立を夢見た女傑ー照屋敏子ー』の本が置いてある。ワクワクドキドキして読んだ本だ。仲居さんにたずねた、「このお店って、照屋さんとどんな関係なんですか?」、すると、「この本を書いた高木凛がうちの女将なんです」、エッ!
個室に通されると村上さんはもうついていた。当然、合言葉は『ピンク』。村上さんはピンクのマフラー、僕はピンクのポロシャツ、バッチリ決まっている!これでこそ、『ピンク同盟』の密会・・・。アッ、大学生のお嬢さんがいらしていた。村上さんは、昨日のスタジオでの顔とは違う、確実に父親の顔になっている。「チョッと派手すぎたかな・・・」。
お嬢さんはお芝居もされているそうだ。透きとうるような笑顔の素敵なお嬢さんだ。
運ばれてくるお料理の上品なこと、苦手のゴーヤもシッカリ戴いた。
女将の高木凛さんがご挨拶に顔を出してくださった。お料理同様!?上品な方だ。僕は照屋敏子を読んだ感想を熱く語った。話が進んでいくうちに、凛さんが僕のデビュー当時たいへんお世話になった演出家の奥様だとわかる。エッ!
凛さんの新しい本『大琉球料理帖』を頂く。
村上さんとの出会い!素敵なお嬢さんとの出会い!凛さんとの出会い!そしてリスナーのみなさんとの出会い!ピンクとの出会い!
すべての出会いに感謝!
ピンクの正体
本日放送のラジオビタミンの中で、「・・・きょうの堀内さんは、ピンクのカーデガンにピンクのネクタイ・・・村上さんもピンクのジャケットに・・・」とのコメントに、林家何とかさんを思い浮かべてしまった方が多かったようなので、その疑問にお答えする為に、神崎ゆう子さんのBLOGをリンクさせていただきました。僕も村上さんも、偶然、早春をイメージしてコーディネートしたつもりなんですが!?オヤジの考えることって、一緒なのかな・・・。
そんなことより、番組に対してのご感想をよろしく!
村上さんから写真が届きました。
ありがとう!& お知らせ!
聖バレンタインデーのチョコを沢山頂きました。
圧巻は、僕の顔をチョコで作ったやつ。実物よりカッコいいので、チョコッと・・・まッいいか。
お茶を送ってくださった方もいらっしゃいます。チョコにお茶、いい感じですね!
石川県の和菓子『奥三峰』も届きました。そうそう甲南漬も?・・・。
お気遣い、ありがとうございます!
☆来週19日(木曜日)朝8時半から始まる、NHKラジオ『ラジオビタミン』の
『ときめきインタ ビュー』のコーナーに生出演します。
お時間があれば、ぜひお聞き下さい!
35年ぶりの再会!
新オリエンタル劇場で、『ザ・ニュースペーパー』の公演を観る。結成20周年とのこと、ライブを観るのは初めてだ。
終演後のロビーでは、渡部又兵衛くんたち出演者が、お客様の送り出しと、DVD/CDの販売をしていた。
僕は俯いて又兵衛の横に行き、言った、「いっしょに写真を撮ってください!」、
又兵衛は言った、「どうぞ」。「俺だよホリウチ」「・・・もしかして、マ・サ・ミ・・・」
彼とは、桐朋の演劇科の受験で一緒だった。
「風刺の効いた笑いと、チョットだけの涙の二時間、大満足!ありがとう!」と、感想を述べる。又兵衛くんのリーダーシップに感服する。お見事!座布団五枚の価値がある。
みなさんもチャンスがあったら、ぜひご覧下さい!!!
『ザ・ニュースペーパー』のみなさん、楽しい時間をありがとう!
『ザ・ニュースペーパー』を応援してくださっているみなさん、ありがとう!
僕と気づかない写真(左)僕と気づいた写真(右)
ゲットはしたが!?
『砂時計』をTSUTAYAに返しに行く。
三日で24話、よく観たものだ。『京城スキャンダル』に引き続き観た韓国テレビドラマ
返却カウンターには店長がいる。快活でテキパキした青年だ
「ありがとうございました!またのご利用を!」
「あのッ、白夜って、ありますか?」
「いまお調べします」
店長はパソコンを打ち出した
「イ・ビョンホンの白夜ですね」
「・・・あの・・・韓国ドラマの?」
「そうです!20話全部そろってますよ!」
『白夜』が全巻そろっている、なんと素晴らしい!
が、一瞬考える・・・
「全20話・・・体力が持つかな!?・・・」
・・・気がつくと手元にはTSUTAYAの袋が・・・
店長がにっこり笑いながら言った
「堀内さん、ハマッテますね」
僕は店長の目の奥に、悪魔を見た
長旅写真2-コンサート実相寺昭雄先生を偲んでー
実相寺監督が東京藝術大学の教授時代に交流があった、ソプラノの嶺貞子先生の呼びかけに賛同した音楽家の方々が、『野村胡堂・あらえびす記念館』に集った。
ープログラムー
ベートーベン:ピアノ三重奏第4番変ロ長調『街の歌』
『映像と朗読』
『春への憧れ』『東京幻夢』の映像が流れ、実相寺監督が書かれたエッセイを原さんと僕が朗読する
ダニー・ケイの芸:『チェレスタは星のまたたき』より
時代劇への誘い・靴の悩み:『旅の軽さ』より
天下る声・嶺貞子先生のこと:ハイドンのCDによせて
サンサーンス:ソナタ第Ⅱ楽章
ドビッシー:花火
エルガー:愛の挨拶
ロンターニ:もし美しい小川が
モンポウ:君の上に、ただ花ばかり
畑中良輔作曲 八木重吉作詞:秋の空
小林秀雄作曲 野上彰作詞:落葉松
中田喜直作曲 鶴岡千代子作詞:さよならは いわないで
グァスタビーノ:兄弟
(写真はリハーサル風景)
村井祐児さん(クラリネット)
長旅
新幹線で盛岡へ。
岩手県紫波郡に建つ『野村胡堂・あらえびす記念館』で『実相寺昭雄追悼コンサート』が明日開かれる。
このコンサートは、生前実相寺監督と親交が深かった声楽家嶺先生の企画だ。
嶺先生の歌声と実相寺監督の映像のコラボ!?そこに、僕と実相寺監督婦人原知佐子さんの朗読が入る。どんな事になるか!?
明後日は、青森へ行って旧友のお墓参りをする。
合掌
緒形さんの訃報、・・・そうだったのか・・・という気持ちです。
初めてお会いしたのは、名古屋CBC製作の東芝日曜劇場『刃傷』。僕が23歳の時だった。
顔合わせが終わると、僕のそばにツカツカッと来て、「正美飲みに行くぞ!」と一言うと、リハーサル室を足早に出て行く。僕はあわてて緒形さんを追いかけた。「僕お酒飲まないんですけど・・・」「何?酒飲まない???・・・じゃッお茶でも飲んでろ」。行った所は名古屋タワー近くの超高級クラブ。芝居以外のことも色々教えてくださった。
その作品で僕の父役だった信欣三さん、姉役だった真木洋子さんもすでに亡くなっている・・・
ご冥福をお祈りします、合掌。
ギョッ!
神奈川のキノコさんからメールが届きました。
「たまごたけだよ~ん。ドンドン大きくなってます。何にして食べようかなぁ~。ニンニクきかせてスパゲティ・それとも天ぷら…これじゃ全然ダイエットになってな~いヾ( ´ー`)。小さいのは昨日で、大きいのは今日採れたもの。 自然って楽しいよね。」
奄美のKさんから、キノコつながりのメールが届きました。
「堀内さん、お久しぶりです。坂道が多い神戸の自転車走行は足腰の筋肉が鍛えられると思いますが、あとのケアも大事にされてくださいね。
今、奄美は台風接近のため大雨洪水警報中です。(ちなみに、流通ルートがストップするためか台風が来る直前に町は必ず牛乳が売切れるという不思議な現象があります。
虫の音を聴きながらの月見は毎年楽しみでしたのに、今回は残念です。
今朝、明け方に2度の地震で、阪神・淡路大震災を思い出しました。(当時住んでいた奈良は震度3にもかかわらず、学生寮は築90年で、ダメージが凄かったです)
台風と地震が重ならければいいのですが…
写真は、庭のグァバの木に生えていたキノコの仲間で『サルノコシカケ』です。」
エミリーさんからのメールは?
「写真は奄美から送られて来た
です。
この倍の大きさの枝で来たので、半分は会社に持って行きました。
近ければおすそ分けしたかたかったのですが、気持ちだけ贈ります
」
「いまはキノコつながりの話だったのに ・・・それにしても、美味しそうなバナナ
」
満足な一日
朝7時に目が覚める。
昨日は神戸から上京!?し、五反田のイマジカで来年公開される林海象監督の新作の試写を観る。小気味いいテンポと音楽に、2時間がアッという間に過ぎた。
試写終了後、五反田駅近くのうなぎやさん『荒井家』でうな重を食べる。
先日は『ギララの逆襲ー洞爺湖サミット危機一髪ー』の試写会の後食べに来た。ケッコーイケル!。
うな重の写真を撮り忘れたので、サービスカードの写真でご勘弁を。
そう言えば、加藤礼次朗君から、「ギララがベネチア映画祭正式招待作品に決定したんですって!北野武監督や宮崎駿監督が歩くレッド・カーペットを河崎監督が歩くんですよ!エライ事です!お赤飯炊かなくちゃ!」と、興奮して電話が入った。目出度い!愛でたい!
今日の移動は電車、小田急線豪徳寺から新宿経由池袋へ
↓
池袋東武百貨店で開催されている、『第三回新池袋モンパルナス 西口まちかど回遊美術館 寺田政明展』に行く。
寺田政明、寺田農さんのお父さんだ。日本画壇にシュルレアリスムが登場、それに触発され熱く燃えた若き作家の空気をタップリ吸い込んだ。
久しぶりに農さんともお会いする。
8月6日(水)まで開催しているので、ぜひご覧ください!
池袋から地下鉄有楽町線で銀座一丁目へ。
↓
INAXギャラリーへ行く。
ここは、僕の高校時代からの大親友で陶芸家浜田知行のお姉さんが育て上げた、若手現代アーチストのためのスペースでもある。若い作家松田直樹さんが仕込みをしていた。
作品をチョットだけ見せていただいてビックリ!!
↓
お姉さんとビヤホールへ行き、知行に献杯する。
お姉さんは高校生の僕に、吉本隆明や桶谷秀昭などの難しい本をいっぱい貸してくれた、僕がもっとも影響を受けた人だ。昔話から今話まで、泣いたり笑ったり。
右の写真は、高校生の時、二人で芸術家ゴッコをして、セルフターマーで写したもの。僕は無頼の作家、知行は新進気鋭の画家の役。
あの頃僕たちは、若かった!楽しかった!
京橋から地下鉄銀座線で渋谷へ。
↓
渋谷から井の頭線で下北沢へ。
↓
下北沢から小田急線で豪徳寺へ
行こうとしたら・・・「只今、車両故障の為、電車は動いておりません、振り替え輸送を行っておりますので・・・」、電車は来ず、ホームは人ヒトひとであふれている。
思わず改札口へ向かう。駅にして三つ(下北沢→世田谷代田→梅が丘→豪徳寺)、たいした距離じゃない。歩こう!
線路沿いの道を歩きはじめる。
多少汗ばむが夜風が気持ちいい・・・車ではしょっちゅう走っている見慣れた町並みが、街灯に照らされ、はじめて足を踏み入れた町に見える。
「こんなとこに模型屋さんあったんだ」「おいしそうなお蕎麦屋さんだ」
豪徳寺駅の灯りが見えてきた。
ちょっと大げさだけど、精神も肉体も満足な一日だった。
いま12時、そろそろ寝るか・・・。
クソ~ッ
最近は歩くことがチョッとだけ
楽しくなってきたようだ。1分間に130~150歩のペースで約1時間、日中は暑いので夜歩く。今夜は自宅から歩いて5分ほどのところにある、『しあわせの村』の周回道路を歩く。ジョギング&ウォーキング用に整備され一周2.6Kmだ。最近はここを2周している。
多少の風もあり、順調に2周目に入る。右手に芝生広場を見ながら通過する。と、僕の足元を小さな塊が3つ横切った、「?ネコ・・・」、街灯に照らし出されたのは、イノシシのこども『瓜坊』だ。
「カワイイ!」思わず立ち止まって見る。『瓜坊』は警戒しながらもこちらを見ている。
僕はウエストポーチ(先日買った例のやつ)からペットボトルを取り出し一口飲む。
その時、「ブーブー ブーブー」という声が近くから聞こえた。親イノシシが居るのかな!?芝生広場の反対側を見渡すが真っ暗でよく見えない。と、その声は近づいて来た。
「ヤバッ・・・」、僕は後づさりしながら街灯のほうに行く。
声が止んだ・・・何処かに行ったんだ?その声は聞こえなくなった。
ホット安心したその時、お尻をツンツンと押された、手ではない?・・・まさか、
「もしかして?イノシシ、どうしよう?
・・・死んだふりは熊だし・・・」
ついにイノシシは僕の横に来た。さりげなく見ると、親イノシシも僕を見ている。
ー絶体絶命だー
新聞の三面記事の見出しがフラッシュする、『メタボの中年男性、メタボのためイノシシから逃げられず襲われる
』
ー見つめ合う長い沈黙ー
親イノシシは、「ふんメタボ野郎か、勝ったな!」というような顔をして、瓜坊に歩み寄ると一緒に芝生を食べ始めた。
今日は一周で中止・・・「いまに見とけ、イノシシからすぐに逃げられる、強いカラダになるるぞ!?」・・・負けメタボの遠吼え
マジッ!?
【本日3円引き!
】 スタンドの看板が目に飛び込む。
「・・・3円引きに引かれるか・・・」
若いスタッフは手際よく作業を進める。
作業が終わり窓をノックした。
「これ見てください!」レシートを差し出した。
きれいに数字が並んでいる。若いスタッフは興奮気味だ。
「僕が操作したんじゃないですよ、数量と合計金額の数字が並ぶなんて、僕もこの仕事して初めてです。何かいいすよね!」
僕は答えた、「あの震災の前日、スーパーで買い物をしたた時、7,777円だったんだよ・・・」
「マジッすか!?冗談やめてくださいよ」
「ほんとだよ」
ー沈黙ー
僕はおつりの中から1,000円を差し出した。
「みんなでジュースでも飲んで」
「あの、こんな事して貰ったら・・・」
「厄落としだよ」
「・・・ハイッ!厄落とししときます。ありがとうございます!」
3円が・・・明日から東京・・・。
追伸
★奄美のKMさんから追伸です。
「奄美は今雨続きで、なかなかいい写真が撮れず、堀内さんに送れるものがなく、どうしよう?と思っていましたが、島のカメラマンのサイトの中でもオススメのホームページがありますのでご紹介したいと思います。
奄美大島探検マップURL
http://www.amamicco.net/
このホームページは別府亮さんという地元カメラマンさんのサイトで、奄美のいろんな表情に出会えます。お暇な時にでも宜しければ、お立ち寄りくださいませ。」
★新発田のKKさんからの追伸です。
「埼玉に住む兄からの写真です。」
★僕からの近況
『警視庁捜査一課9係』の撮影中、とは言っても、天候不順でスケジュールはガタガタ・・・15日の予定が17日に、でもいまロケ地山中湖の天気予報を見たら17日も雨みたいで・・・次は20日・・・改めて、待ちが仕事です。
紫煙の迷宮
『勝手にしやがれ』・『気狂いピエロ』のジャン=ポール・ベルモンド、アラン・ドロンのように二枚目ではなかったが、最高にカッコよかった!そういえばいま新しい恋人の登場で世間をにぎわせているサルコジ大統領にちょっとだけ似ているかも。劇中ではいつもタバコを銜えていた。僕がタバコを吸いだしたのも彼の影響大。
僕も映画やテレビの中で小道具としてタバコをいかに効果的に使うかを真面目!?に研究した。両切りかフィルター付きか?長いか短いか?パッケージがハードかソフトか?マッチかライターか?役ごとに考えた。
しかし最近では使いにくくなった。気が付けばテレビでタバコのコマーシャルが流されなくなった。撮影現場でもタバコを吸う人間の数が激減している。
これからはタバコの代わりに何を使ったらいいのか?
そうだ!!
追い詰められ苛立った犯人が、ポケットから取り出した『ニコレット』を忙しげに噛み出し、事件が解決しホットした刑事が、おもむろにシャツの腕をたくし上げ、『ニコチネルTTS』を貼り付ける。
これは使えるぞ!?
命日
1999年12月10日朝、父は彼岸へ旅立った。四ヶ月に及ぶ闘病生活だった。
僕は出来る限り病院に泊り込み付き添っていたが、10日の10時から神戸で、『1.17希望の灯り』建立の記者発表が決まっていたので、一晩だけ神戸に帰って来た。病院の先生も、「年は越せるから一日ぐらい居なくても大丈夫ですよ」と、おっしゃってくださったので・・・。
10日朝、朝食をとっていると、友人から「お父さんが危篤状態になったからすぐ戻って」との電話が入った。僕は息子二人を連れて家を出た。
新神戸駅の窓口でチケットを買うと早足にホームに向かうエスカレーターに乗った。
エスカレーターの途中で携帯が鳴った。
「・・・お父さん、いま亡くなった・・・」
写真は、父の監督作品に出演した二作目で、結婚差別がテーマだった。一作目『炎よ創れ』の時は、監督と俳優であり、父親と息子であるという関係にぎこちなかったが、二作目は、監督と俳優の関係に徹して仕事が出来た。
この作品で僕は、映画監督の父を尊敬し、そんな父を誇らしく思うようになった。
「一打ち二打ち三流れ・・・しまった、あれは」
a
忠臣蔵の季節になりましたね。
この作品の撮影,大変苦労しました。
僕が演じた清水一学という役は 、この作品まで骨太の俳優さんがされてきたようで、東映京都撮影所にカツラ合わせに行くと、「何でホリウチなんや?」「ホリウチッちゃん辞めとき、恥かくだけやで」と、撮影所中が大騒ぎでした。
僕をキャスティングしたのは、『太陽にほえろ』など、青春ドラマをプロデュースされてきた岡田晋吉さん。東映サイドは、一学役に伊吹吾郎さんを考えていたようでした。あまりのブーイングに岡田さんに電話しました、「・・・現場が険悪で、降ろしてください・・・」と言うと、岡田さんは、「マサミ気にすることないよ、堀部安部衛も勝野洋がやるんだぞ、今度の作品は青春ドラマなんだから、マサミは苦悩する一学を演じてくれ」と言われました。
現場で苦悩し、役で苦悩した、青春ドラマ『忠臣蔵』、お時間がある時にでも一度ご覧ください。
ナイショの話「この作品が放送されて僕は、陣が最高にうまい俳優として大評判になりました。そしてそれ以降、剣豪の役が殺到しました。・・・ですが・・・実は僕は殺陣がうまくありません。吹き替えをあの名斬られ役福本清三さんがしてくださったのです。そのへんもチェックしていただけると楽しいかもしれませんよ。」
一周忌(夜の部)
夜の新宿ネオン街にあるとある店で、河崎実監督(日本一のC調カントク)・加藤礼次朗くん(漫画家)・ごっちくん(なぞの生き物)・吉行由実さん(女優&映画監督)・神田裕司さん(姑獲鳥の夏プロデューサー)と、実相寺監督を偲んでの飲み会を。みなさん実相寺監督を通じての出会いだ。
河崎監督の「・・・実相寺昭雄監督に献杯」
の掛け声で飲み会は始まった。
みんなの目が潤んでいる。
『いま明かされる実相寺昭雄の素顔~あなたはその真実に耐えられるか~』
「○○○○○があったんだよ」「エッそんなことあったの!?」
「○○○○○って、知ってた?」「・・・信じられない!?」
「○○○○○なんだよ」「ほんと!?嘘でしょ!?」
あまりにも衝撃的な内容のため、みなさんにお知らせできないのが残念です・・・。
気が付くと、時計の針は零時を過ぎていた。(失礼、僕の時計はデジタルでした)
★おまけ:河崎実監督からDVDを頂いた。
『電エース ザ・ファイナル~気楽に生きよう~』
奇才河崎実監督が、監督であり続けるためには、「DVDがどれだけ売れるか!」です。ぜひみなさん、DVDを購入してあげてください!
DVDジャケットの裏の読み物が傑作ですよ!僕の家庭のヒミツが隠されています・・・うふふふふ
★おまけのおまけ:こんなイベントがあるそうです!東京近郊の方はどうぞ!

★実相寺昭雄監督をより掘り下げたい方はこちら(僕は出ていません)
★『HV特集/所詮死ぬまでヒマツブシ実相寺昭雄・異界への招待状』の放送日は、
12月23日NHKBS2・時間は夜の10時半から90分→こちらは出ています。
★追加:中山節夫監督作品『新・あつい壁』が、12月3日神戸で上映 されます。
一周忌(昼の部)

正午、実相寺監督が眠っている都内の墓地に着く。
・・・一年前のこの時間は、新神戸から新幹線に飛び乗り、監督が入院していた病院に向かっていた・・・。
墓地の入り口にあるお花屋さんに入り、お花とお線香をお願いしていると、背中に声がかかった
「まちゃみ、来てくれたのね」
振り返ると、実相寺婦人が卒塔婆を肩に担いでそこにいた。小柄な方だから卒塔婆が妙に目立つ。偶然と言えば偶然だが・・・31年前、監督との出合いをつくってくださったのも実相寺婦人だ。
ふたりでお墓に行く。沢山のお花が手向けられている。大好きだった焼酎もお供えされている。
「・・・ほんとうに沢山の人に愛されて、しあわせなひとだったのね・・・」と、婦人が呟いた。
墓石の横には、主を亡くしたメトロン星人がたたずんでいた。
もう一年・・・
・・・実相寺監督が亡くなられてもう一年・・・
昨日は実相寺監督作品『怪獣戯曲』で出会った河崎実監督の新作の撮影で府中へ。役は警備会社の社長。相変わらず河崎監督はパワフル!さすが不肖の弟電一!?。
29日に河崎監督、そして漫画家で俳優?の加藤礼次朗先生とお墓参りに行く約束をする。
そして今日は、NHKBSで放送される追悼番組のインタビューを受ける。場所は、実家の父の書斎。一度だけ実相寺さんがいらしたことがある。父と二人で焼酎を飲んでいたのが思い出される。番組のスタッフは実相寺組の面々。スタジオには池谷さんデザインのセットが組まれるそうだ。カメラは勿論!中堀さん、照明は当然!牛場さん。撮影の雰囲気はまるで実相寺組。・・・実相寺さんが居ないのが不思議な感じ!?
・・・僕はそっと、携帯の待受画面の実相寺さんを見た・・・
「エッ!?」

久しぶりに息子たちと会い食事へ。「何食べる?」二人は声を揃えて、「焼肉!!」。西麻布にある焼肉屋さんに行く。僕はソコソコ、息子はシッカリ。あっという間にお皿は空っぽ。若さをシッカリ見せ付けられる。コイン・パークに戻り精算ボタンを押すと金額が表示された、¥3000。駐車時間はたったの1時間22分・・・。
観光定番用語風表現「空気が美味しい!」
今日は幼なじみに会いに行く。場所は青梅の多摩川沿い。最高の秋晴れ!に、ふだんはタクシーに乗ってしまうが今日は歩いてみる。
風景はもちろんきれいだが、道筋の手入れがじつによく行き届いている。ゴミ一つ落ちてない。途中、地元の方々が川岸の手入れや公園の手入れをされていた。
ここは価値があります!☆☆☆。
茅葺の家は、釜の淵公園の中にありますよ。
「さ~ぁセリフ覚えなくちゃ~」
目いっぱい!!!
★
朝、大阪・天保山のサントリー・ミュージアムで開かれている、『ダリ展』へ。
感想:「いますぐスペインに行きた~い!」こんな感じ!
★昼、大阪・南港のインテックス大阪で開かれている『MONSTER VIVA!!』へ。このイベントはプロデューサーとして参加している安齋レオさんからのお誘い。僕が大ファンの西村軍団くん(このBLOGのイラストも彼の作品。いま一押しの作家ですよ!!)もサイン会をしていた。僕のフィギュアを作ってくれた寒河江弘くんもいる。会場はカオス状態?大阪のエネルギーが沸々と???ソーキそばで作ったオムそばを食べる。お味は・・・。
★夕方、神戸・HAT神戸の兵庫県立美術館で開かれている『ロダンー創造の秘密ー』へ。はじめは重厚な存在感に圧倒されるが、徐々にロダンの繊細な息づかいが見えてくる。これは必見。
★夜、神戸・六甲アイランドで上映されている、『スパイダーマン3』へ。
感想は???
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ご無沙汰

です。BLOGの更新が途絶え、「ブログ飽きちゃった?」「…何かあったんですか?」「…体調不良?」などなど、みなさんにはご心配をお掛けしています。いまのところ体調もよく(年齢的には立派な老体ですが)大きな問題はありません。が、僕のまわりの変化があまりにも激しくて、少々、オツカレーです。…大先輩藤岡琢也さん、実相寺昭男監督、鈴木ヒロミツさん、植木等さん、そして同じ歳の大親友秋山君の死…いま新幹線の中でこのBLOGを打っています。今日は青山葬儀所で開かれる植木等さんのお別れの会に出席するための上京?です。「そうそう良かった事もありました!?」僕がやってるNPO法人の理事大寺まり子さんが神戸市会議員選挙に当選した事。…でも、この選挙運動もオツカレーの原因かな!?何しろ時代錯誤も甚だしい選挙戦…。「これでいいのかニッポン」アッ怒ったら元気出てきた!
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喫茶アエル
久しぶりに神戸の兵庫区を歩いた。
裏通りを歩くと震災以前とはまるで変わってしまっている。
震災以前は下町情緒があふれる町だったが、いまは空き地の目立ち、いまだにプレハブで営業しているお店も多い。
立ち寄った喫茶アエルは、戦前から営業していたお豆腐屋さんだったが、震災で全焼し再建はあきらめ、ご夫婦で始められたお店だそうだ。店の名前アエルというのがどのような意味かうかがった。
「このあたりはほとんどが焼けて、亡くなられた方も多かったんです。いまじゃみんなほかの土地に移ってしまったんです・・・そんな方々がこのあたりに来ても、区画整理で昔の面影はないんで、せめて私が前と同じ場所でお店をやって、そんな方が懐かしくてここに来た時、みんなに会えるといいな~と、思って、『アエル』っていう名前にしたんです。漢字で『会える』じゃ、ちょっとストレートすぎるでしょ」と、ご主人は照れ笑いをされた。
あたたかい時を過ごせた『喫茶アエル』で素敵なご夫婦と会えた。出会いをありがとう!。
このコメントを書いていると、石川県で地震が起こったとの速報。
また起こってしまった・・・
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鈴木ヒロミツさん
年末に部屋を掃除していた時、本棚から一枚の古びた紙が落ちてきた。手にとると黄ばんだ新聞の切り抜きだった。東芝日曜劇場『旅ゆけば』(北海道放送制作)。鈴木ヒロミツさんと初共演した作品だ。アメリカ映画『スケアクロウ』をベースに描かれた作品で、思い出がいっぱい詰まっている。
北海道の原野での撮影。休憩時間に語り合った、「ヒロミツさん、日本のジーン・ハックマンになってくださいよ!」「じゃ堀内くんは、日本のアル・パチーノだなッ!」
ヒロミツさんは最高の兄貴だった。色々な相談にも乗ってもらった。悪いこと!?もいっぱい教えてもらった。
昨年、新幹線でばったり出会った。「堀内くん久しぶりにご飯食べようよ!話したいこといっぱいあるし!」・・・それっきりになってしまった・・・
告別式の会場にはヒロミツさんの歌声が流れていた・・・~のんびり行こうよ~何処までも~・・・合掌
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・・・
『春の日差しをどうぞ』の写真は僕ではなく、旅行中の息子Yutaが鎌倉で撮影したものです。ですから、次は!と言われても?・・・息子に聞いてください。
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☆発見!


「焼き肉が絵本になってる。カルビくんにナムルちゃん、エッ、備長炭カルビーム、河崎崎監督に教えなきゃ!実写版が観たい。僕の役は…?」
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美味い!!

今日は久しぶりの神戸。お好み焼きが食べたくなって、兵庫区の中央卸売り市場の近くにある、『新ちゃん』に行く。カウンターだけの定員六名。味は当然のこと、雰囲気が最高!
ここには昭和が、そして下町人情がある。
タイム・スリップしたような楽しい時間を過ごせた。
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タイム・スリップ


ハリウッドで活躍しているプロデューサー一瀬隆重さんが書かれた『ハリウッドで勝て!』の出版記念パーティーに行く。会場で浪人時代の仲間と偶然会う。いま内閣官房長官をやっていた。昔話に花が咲いた。あれから38年…久しぶりにあの頃に帰れた。
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お疲れさまでした!
藤岡琢也さんがお亡くなりになった。
デビューした年の秋頃から始まったよみうりテレビの『百年目の恋』という作品で初めて半年間ご一緒させていただいた。
『お洒落』、この言葉は藤岡さんのためにあるのかなッ、といっても言いぐらいお洒落でカッコいい先輩だった。・車・JAZZ・服装・銀座の話・・・。
でも、スタジオではめちゃくちゃ厳しかった。
「マサミ何でそんな芝居するの?そこはこんな風にやったほうが観ている人に伝わりやすいだろ。よく考えてやれよ」と、毎回しごかれた。
このドラマ凄いキャストだった。僕の役は、頼りない有名老舗料亭の三代目。おじいちゃんが曾我廼家明蝶さん、おばあちゃんが沢村貞子さん、父親が植木等さん、母親が扇千影さん、姉が十朱幸代さん。しっかり者の女系と頼りない男系のお話。
藤岡さんの役は僕を一人前の板前に育てる厳しく頑固な料理人。
藤岡さんはドラマの中でも実生活でも厳しかった。
稽古が終わると「正美うちに来い」と言われ、フランス車の助手席に乗りご自宅にうかがった。
お住まいは伝説の『川口アパート』。
「・・・ここが芸能人御用達の川口アパートか・・・凄い!」
きょりょきょろしながらお宅に入ってまた驚き!『こだわり』を絵に描いたような部屋。
シックな色合いのリビングには重量感あるオーディオ。
スイッチを入れた。コルトレーンの曲が流れてきた。
「いい音ですね!」
「こんな音はだめなんだよ。こっちの音を聞いてみろ。」とおっしゃって、もうひとつのスイッチを入れた。同じ曲が流れてきた。あまり大きな違いはないが、先ほどの音よりは幾分ソフトな感じがする。
「何で違うんですか?」
「真空管だよ!真空管!やっぱり真空管はいいだろ。芝居もそうだぞ、ただ台詞を言ってりゃいいもんじゃないんだぞ。聞く人・観る人に心地よくなってもらわなくちゃいけないんだ。こだわりを持て、こだわりを!」
・・・33年前の藤岡さんの言葉が蘇って来た・・・
その後、舞台・テレビ・ラジオで数多くの作品をご一緒させていただいた。
事務所も20年近くご一緒した。
群れることを好まない僕は、群れることを好まない藤岡さんが大好きだった。
最後の共演は『渡る世間は鬼ばかり』
楽屋で久しぶりにお話しした。
「マサミいくつになった?」
「55です」
「そうか・・・初めて会ったときはいくつだった?」
「23でした」
「そうか・・・マサミも大人になったな・・・父親役をやるようになったんだな・・・」
昔話に花が咲いた。
体調を崩され若干しんどそうだったが、お話は相変わらずお洒落でカッコよかっただった。NHKのラジオで始めたJAZZの番組のことを熱く語ってくださった。
そろそろ帰る時間になった。
楽屋口で挨拶する。
「それじゃ、失礼します」
藤岡さんはうなずきながら
「・・・よかったよ今日のマサミの芝居」
「えッそうですか?でもまだまだですよ、これからもいろいろ教えてくださいねッ」
「もう教えることなんかないよッ・・・また一緒にやろうな!」
そうおっしゃるとニコリと笑った。
ご機嫌な時に必ずする笑顔だった。
・・・それが藤岡さんとの最後になってしまった・・・
「お疲れさまでした!」
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新しい出会い
今日は神戸に住むレバノン人、と言っても神戸生まれで神戸育ちの、スービ・デビスさんご夫婦と弟のハニ・デビスさん、そして息子のコウタと5人で食事をする。デビスさんファミリーは1917年から神戸・大阪でビジネスをされている。神戸の港が国際港になっていったのは白人系の方々が貢献されたと思い込んでいたが、実際はレバノン・シリア・インドの方々だったことを初めて知る。神戸に住んで23年、知ってるようでまだまだ知らないことがたくさんある。
デビスさんたちは今回の空爆が始まった時レバノン南部のスールに居た。空爆で退路を絶たれながら5日間かけて日本にたどり着いたそうだ。お話をうかがっていて、僕たちがテレビや新聞で目にする戦争とは大違いだった。
「・・・いつも弱い者たちが犠牲になる・・・」
そのことに気づいた僕たちに、『何が出来るのか?何が出来ないのか?』を話し合った。
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『レバノンの子どもたち』
レバノンの写真が届きました。『1・17希望の灯り』のBLOGをご覧ください。
「・・・?」悩んでいます。ご意見を。
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私にできること
NHKの夜のニュースで、『ハチドリ計画ー私にできることー』という本の紹介がありました。
私にできること・・・震災から11年、そんな思いでやって来ただけに、画面の中で若者たちが語っている『私にできること』に感動しました。「いまの若い奴は」なんて言ってゴメンナサイっていう感じです。息子も今日のBLOGに書いていました。ご一読ください。
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お墓参り
今日は隅田川沿いに建つ『多聞寺』に両親のお墓参りに行く。同行者は弟家族と息子二人。お墓参りの前に必ず行くところがある。お寺の近くにある『坂むら』だ。いつも決まって『もり蕎麦』を食べる。 このお店は創業明治35年という老舗だ。味は言うまでもなく最高!!お墓参りにの時
には必ず食べる。ご主人は僕と同じ年。
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カフェ『ブルーノート』にて


ウチョウランとコーヒー・タイム。お名前は、『大白鳥系白紫花』『紫一点仁王』 のお二人。
そうそう、そしてもうお一人。
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38年目の気づき
神戸市立中央市民病院の禁煙外来に行く。目的は、『ニコチン依存症』の治療だ。
今日は呼吸器内科・富井啓介Drが担当。
治療が始まって今日で4週間、貼付薬『ニコチネルTTS』のおかげか特に吸いたいと思わない。呼気CO(一酸化炭素)測定器で呼気中の一酸化炭素を測定した。2週間前は数値が4だった。今日は5。
「エッ?タバコ吸ってないのになぜ数値が上がってるんですか?」
「ココに来る前、タバコ吸う人がいる部屋に居ませんでしたか?」
「居ました。周りの人はタバコ吸ってました」
「それですよ、それで数値が上がったんですよ。これを副流煙の影響っていうんですよ、ひどいもんでしょ」
「・・・先生、じゃ僕はタバコの被害者なんですか?」
「そうですよ、りっぱな被害者です!」
「そうかァ~僕はタバコの被害を受けてるのか・・・被害者なんだ!」
看護師さんが一言
「4週間前はりっぱな加害者でしたよ!」
明日から2週間は一番小さい『ニコチネルTTS』10mgになる。
普通は30mg×4週間→20mg×2週間→10mg×2週間となるので、僕は超優等生!!ってことかな。
『人間を殺さずに、一生涯喫煙者(中毒患者)にすべく、ニコチン(習慣性薬物)を適切に(ばれないように)投与するように如才なく巧妙に(カッコよく)作られた製品、それがタバコだ』
グロ・ハーレム・ブルントラント博士(WHO長官)
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現在・・中
先日から思わせぶりな数字を載せまして失礼しました。
116・122はご想像どうり、煙草を吸うのを止めてからの時間でした。現時点でもまだ15日しか経っていないので、「禁煙したぞ!」と、声高に叫ぶわけにも行かず・・・過去に数多くの失敗(禁煙飴・禁煙茶・禁煙パイプ・・禁煙体操?禁煙煙草・禁煙ガム・禁煙トローチ・テレビ雑誌等での禁煙宣言)をしておりますので・・・今回は・・・ひっそりと人知れず続けてみよう・・・と思っております。
ですから、禁煙に対しての、激励!励まし!等は固く固くご辞退させていただきます。
☆なお今回はノバルティスファーマ株式会社様の、『劇ニコチネルTTS30』を使わせていただいています。
下記アドレスは、タバコを吸う方だけが開いてください。
http://www.anti-smoke-jp.com/WhyQuit-jp/joel/Joel_02_17_smoke_in_lung.html
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今日は何の日?
昨日は『世界禁煙ディー』、今日『はガムの日』。それから、気象記念日・気象記念日・写真の日・電波の日・麦茶の日・ネジの日・真珠の日・国際放送記念日・氷の日・マリリン・モンローの日・チーズ記念日・衣替えの日・徽章(バッジ)の日、です。
「・・・だから? 」
「・・・ただそれだけ。 」
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BLOGOLB
NPO法人『1.17希望の灯り』事務局の移転に伴い、多くのみなさんに活動のいまを知っていただこうとBLOGを立ち上げましたが・・・何しろ事務局スタッフが「ブログって?」「子どものころよく雑誌に付いてたじゃない!」「違うよあれはフロク、僕がやりたいのはブログ!」冗談じゃなくてこんな会話の毎日です。・・・こちらのBLOGもおろそかには出来ないし・・・あちらのBLOGもちゃんとしないと・・・とりあえず両方書いてますから両方覗いてください。そしてコメントを付けてください。コメントの付け方が分からない方もいらっしゃるんで・・・。ヨロシク~助けて~
『1・17希望の灯り』http://117kibou.cocolog-nifty.com/blog/
※あちらのBLOGもおもしろ系で攻めてます!?お楽しみに!
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岩千鳥

行きつけの喫茶店『ブルー・ノート』のカウンターに、岩千鳥を発見。清楚で可憐な花だ。
追伸:余談になるがこの岩千鳥は一つ一つが球根のようなもので、バブルの時には一球2~3万円もしたそうだ!・・・ということは、この鉢には100球以上あるから・・・いかん、何考えてるんだ僕は・・・
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発見!!

下北沢を彷徨いていると、なんと!なんと!ゲンズブールのレコードと出会う。それも二枚組。僕が中学生の頃夢中になっていたブリジット・バルドーと競演した、『ボニー&クライド』も入っていた。ラッキーな日だ。天候が悪く撮影出来なかった事に、感謝!感謝!高校の頃行っていた、ジャズ喫茶『マサコ』もあった。下北沢は思い出いっぱいの街だ。ヨシッ!神戸に帰ったらゲンズブールに浸るか…最高!!ウフフ…僕の高揚感わかるかな!?…アッ…レコードプレイーヤーが無い…。
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無題
「スッキリした」追悼式の遺族代表としてのメッセージをお願いした中学一年の湯口礼君はステージを降りるとつぶやいた。「いっぱいの人の前でやっぱり緊張したのか」と僕が言うと「ちがうよ、いままで言いたかったことが言えたからスッキリしたんだよ」と笑顔で僕を見た。礼君は震災当時2歳。ご両親とお兄ちゃんが亡くなった。彼はその後おじいちゃんおばあちゃんに育てられてきたのだ。瓦礫の中から発見された時は亡くなっているお父さんの腕にしっかり抱かれていたという。
「僕は、阪神淡路大震災で、お父さんとお母さんとお兄ちゃんを亡くしました。僕は、震災の時2才だったので、みんなのことを覚えていないけど、後で話を聞いたりビデオを見たりして、お父さんとかがどんな人か少しだけ分かったと思う。だけどビデオとか話だけで勝手に想像して、僕が思っているお父さんが、本当のお父さんじゃないかもしれない。でも、小さい時からおじいちゃんとおばあちゃんに育てられて来たのであまりそう言うことを気にしないで生きています。
僕は小学校2年生ぐらいまでは、暗い所がこわくていつも、トイレとかおじいちゃんやおばあちゃんについて来てもらっていました。だけど3年生になった時には友達がたくさんできて、暗い所がぜんぜんこわくなくなって来てもう今では震災の話とか友達にふつうにできるようになりました。
僕は震災の事をいつまでもひきずっているとその人のふんいきが暗くなって、いつまでも友達ができないと思うから、悲しくてもいつも元気でいる事が一番いいと思うし、震災で亡くなった人達もみんながいつも元気だと、たぶんうれしい気持ちになると思うから、今まで震災のことをひきずって暗くなっている人は、これからは元気で生活してほしいと思います。
僕は暗くなったことはないけれど、それはみんながいてくれて、みんなでいっしょに笑ったりしてみんなの元気をもらっていたからだと思います。最後に、僕もみんなに元気をわけてあげたいと思います。いままでありがとうございました。これからもよろしくおねがいします。」
おじいちゃんが言った「立派に育ってくれた。自慢の息子ですよ」
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出会い
1月16日深夜、阪神淡路大震災で亡くなられた方々を追悼する『1.17のつどい』の会場になる東遊園地にある『慰霊と復興のモニュメント』で準備をしていると、そこに建つ『1.17希望の灯り』を叩きながら「かあちゃんとうちゃん会いに来たよ・・・」と涙する青年と出会った。
31歳のその青年は、20歳の時震災で両親と弟二人を失い一人ぼっちになり、奨学金で大学を卒業、その後就職し働いているという。
「・・・この11年さびしかった・・・たった一人で・・・」僕は思わず彼を抱きしめた。
「独りぼっちじゃないよ・・・ここには君と同じ悲しみや苦しみを抱えた人がいっぱい来るんだよ・・・」。
お手伝いに来ていたご遺族が集まって来た。青年の話を聞くと「私は21歳の息子を亡くしたんだよ」「うちは高校生の息子とホームスティしていた青年が亡くなったんだ」「うちは息子夫婦が」「僕のうちは娘が」口々に語りだした。青年の顔が変化した。つり上がったその目が微かにかがやいた。「・・・僕だけじゃないんだ・・・」。
21歳の息子さんを亡くされたご遺族が口を開いた「息子が帰ってきた!」。周りにいたご遺族も言い出した「それじゃ、わたしはお母さん役ね」「じゃわたしたお姉さん役かなッ」「チョッと歳食ってないか」誰かが冷やかした。みんなドッと笑った。青年も笑った。「この11年テレビを観ていても笑えなかったけど、初めて笑えました」凍りつき時を刻むことを忘れていたこころが、少しだけ溶け出した。
震災は僕にさまざまな出会いをつくってくれた。
新しい出会いに感謝!
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