追伸
★奄美のKMさんから追伸です。
「奄美は今雨続きで、なかなかいい写真が撮れず、堀内さんに送れるものがなく、どうしよう?と思っていましたが、島のカメラマンのサイトの中でもオススメのホームページがありますのでご紹介したいと思います。
奄美大島探検マップURL
http://www.amamicco.net/
このホームページは別府亮さんという地元カメラマンさんのサイトで、奄美のいろんな表情に出会えます。お暇な時にでも宜しければ、お立ち寄りくださいませ。」
★新発田のKKさんからの追伸です。
「埼玉に住む兄からの写真です。」
★僕からの近況
『警視庁捜査一課9係』の撮影中、とは言っても、天候不順でスケジュールはガタガタ・・・15日の予定が17日に、でもいまロケ地山中湖の天気予報を見たら17日も雨みたいで・・・次は20日・・・改めて、待ちが仕事です。
紫煙の迷宮
『勝手にしやがれ』・『気狂いピエロ』のジャン=ポール・ベルモンド、アラン・ドロンのように二枚目ではなかったが、最高にカッコよかった!そういえばいま新しい恋人の登場で世間をにぎわせているサルコジ大統領にちょっとだけ似ているかも。劇中ではいつもタバコを銜えていた。僕がタバコを吸いだしたのも彼の影響大。
僕も映画やテレビの中で小道具としてタバコをいかに効果的に使うかを真面目!?に研究した。両切りかフィルター付きか?長いか短いか?パッケージがハードかソフトか?マッチかライターか?役ごとに考えた。
しかし最近では使いにくくなった。気が付けばテレビでタバコのコマーシャルが流されなくなった。撮影現場でもタバコを吸う人間の数が激減している。
これからはタバコの代わりに何を使ったらいいのか?
そうだ!!
追い詰められ苛立った犯人が、ポケットから取り出した『ニコレット』を忙しげに噛み出し、事件が解決しホットした刑事が、おもむろにシャツの腕をたくし上げ、『ニコチネルTTS』を貼り付ける。
これは使えるぞ!?
命日
1999年12月10日朝、父は彼岸へ旅立った。四ヶ月に及ぶ闘病生活だった。
僕は出来る限り病院に泊り込み付き添っていたが、10日の10時から神戸で、『1.17希望の灯り』建立の記者発表が決まっていたので、一晩だけ神戸に帰って来た。病院の先生も、「年は越せるから一日ぐらい居なくても大丈夫ですよ」と、おっしゃってくださったので・・・。
10日朝、朝食をとっていると、友人から「お父さんが危篤状態になったからすぐ戻って」との電話が入った。僕は息子二人を連れて家を出た。
新神戸駅の窓口でチケットを買うと早足にホームに向かうエスカレーターに乗った。
エスカレーターの途中で携帯が鳴った。
「・・・お父さん、いま亡くなった・・・」
写真は、父の監督作品に出演した二作目で、結婚差別がテーマだった。一作目『炎よ創れ』の時は、監督と俳優であり、父親と息子であるという関係にぎこちなかったが、二作目は、監督と俳優の関係に徹して仕事が出来た。
この作品で僕は、映画監督の父を尊敬し、そんな父を誇らしく思うようになった。
「一打ち二打ち三流れ・・・しまった、あれは」
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忠臣蔵の季節になりましたね。
この作品の撮影,大変苦労しました。
僕が演じた清水一学という役は 、この作品まで骨太の俳優さんがされてきたようで、東映京都撮影所にカツラ合わせに行くと、「何でホリウチなんや?」「ホリウチッちゃん辞めとき、恥かくだけやで」と、撮影所中が大騒ぎでした。
僕をキャスティングしたのは、『太陽にほえろ』など、青春ドラマをプロデュースされてきた岡田晋吉さん。東映サイドは、一学役に伊吹吾郎さんを考えていたようでした。あまりのブーイングに岡田さんに電話しました、「・・・現場が険悪で、降ろしてください・・・」と言うと、岡田さんは、「マサミ気にすることないよ、堀部安部衛も勝野洋がやるんだぞ、今度の作品は青春ドラマなんだから、マサミは苦悩する一学を演じてくれ」と言われました。
現場で苦悩し、役で苦悩した、青春ドラマ『忠臣蔵』、お時間がある時にでも一度ご覧ください。
ナイショの話「この作品が放送されて僕は、陣が最高にうまい俳優として大評判になりました。そしてそれ以降、剣豪の役が殺到しました。・・・ですが・・・実は僕は殺陣がうまくありません。吹き替えをあの名斬られ役福本清三さんがしてくださったのです。そのへんもチェックしていただけると楽しいかもしれませんよ。」
一周忌(夜の部)
夜の新宿ネオン街にあるとある店で、河崎実監督(日本一のC調カントク)・加藤礼次朗くん(漫画家)・ごっちくん(なぞの生き物)・吉行由実さん(女優&映画監督)・神田裕司さん(姑獲鳥の夏プロデューサー)と、実相寺監督を偲んでの飲み会を。みなさん実相寺監督を通じての出会いだ。
河崎監督の「・・・実相寺昭雄監督に献杯」
の掛け声で飲み会は始まった。
みんなの目が潤んでいる。
『いま明かされる実相寺昭雄の素顔~あなたはその真実に耐えられるか~』
「○○○○○があったんだよ」「エッそんなことあったの!?」
「○○○○○って、知ってた?」「・・・信じられない!?」
「○○○○○なんだよ」「ほんと!?嘘でしょ!?」
あまりにも衝撃的な内容のため、みなさんにお知らせできないのが残念です・・・。
気が付くと、時計の針は零時を過ぎていた。(失礼、僕の時計はデジタルでした)
★おまけ:河崎実監督からDVDを頂いた。
『電エース ザ・ファイナル~気楽に生きよう~』
奇才河崎実監督が、監督であり続けるためには、「DVDがどれだけ売れるか!」です。ぜひみなさん、DVDを購入してあげてください!
DVDジャケットの裏の読み物が傑作ですよ!僕の家庭のヒミツが隠されています・・・うふふふふ
★おまけのおまけ:こんなイベントがあるそうです!東京近郊の方はどうぞ!

★実相寺昭雄監督をより掘り下げたい方はこちら(僕は出ていません)
★『HV特集/所詮死ぬまでヒマツブシ実相寺昭雄・異界への招待状』の放送日は、
12月23日NHKBS2・時間は夜の10時半から90分→こちらは出ています。
★追加:中山節夫監督作品『新・あつい壁』が、12月3日神戸で上映 されます。
一周忌(昼の部)

正午、実相寺監督が眠っている都内の墓地に着く。
・・・一年前のこの時間は、新神戸から新幹線に飛び乗り、監督が入院していた病院に向かっていた・・・。
墓地の入り口にあるお花屋さんに入り、お花とお線香をお願いしていると、背中に声がかかった
「まちゃみ、来てくれたのね」
振り返ると、実相寺婦人が卒塔婆を肩に担いでそこにいた。小柄な方だから卒塔婆が妙に目立つ。偶然と言えば偶然だが・・・31年前、監督との出合いをつくってくださったのも実相寺婦人だ。
ふたりでお墓に行く。沢山のお花が手向けられている。大好きだった焼酎もお供えされている。
「・・・ほんとうに沢山の人に愛されて、しあわせなひとだったのね・・・」と、婦人が呟いた。
墓石の横には、主を亡くしたメトロン星人がたたずんでいた。
もう一年・・・
・・・実相寺監督が亡くなられてもう一年・・・
昨日は実相寺監督作品『怪獣戯曲』で出会った河崎実監督の新作の撮影で府中へ。役は警備会社の社長。相変わらず河崎監督はパワフル!さすが不肖の弟電一!?。
29日に河崎監督、そして漫画家で俳優?の加藤礼次朗先生とお墓参りに行く約束をする。
そして今日は、NHKBSで放送される追悼番組のインタビューを受ける。場所は、実家の父の書斎。一度だけ実相寺さんがいらしたことがある。父と二人で焼酎を飲んでいたのが思い出される。番組のスタッフは実相寺組の面々。スタジオには池谷さんデザインのセットが組まれるそうだ。カメラは勿論!中堀さん、照明は当然!牛場さん。撮影の雰囲気はまるで実相寺組。・・・実相寺さんが居ないのが不思議な感じ!?
・・・僕はそっと、携帯の待受画面の実相寺さんを見た・・・
「エッ!?」

久しぶりに息子たちと会い食事へ。「何食べる?」二人は声を揃えて、「焼肉!!」。西麻布にある焼肉屋さんに行く。僕はソコソコ、息子はシッカリ。あっという間にお皿は空っぽ。若さをシッカリ見せ付けられる。コイン・パークに戻り精算ボタンを押すと金額が表示された、¥3000。駐車時間はたったの1時間22分・・・。
観光定番用語風表現「空気が美味しい!」
今日は幼なじみに会いに行く。場所は青梅の多摩川沿い。最高の秋晴れ!に、ふだんはタクシーに乗ってしまうが今日は歩いてみる。
風景はもちろんきれいだが、道筋の手入れがじつによく行き届いている。ゴミ一つ落ちてない。途中、地元の方々が川岸の手入れや公園の手入れをされていた。
ここは価値があります!☆☆☆。
茅葺の家は、釜の淵公園の中にありますよ。
「さ~ぁセリフ覚えなくちゃ~」
目いっぱい!!!
★
朝、大阪・天保山のサントリー・ミュージアムで開かれている、『ダリ展』へ。
感想:「いますぐスペインに行きた~い!」こんな感じ!
★昼、大阪・南港のインテックス大阪で開かれている『MONSTER VIVA!!』へ。このイベントはプロデューサーとして参加している安齋レオさんからのお誘い。僕が大ファンの西村軍団くん(このBLOGのイラストも彼の作品。いま一押しの作家ですよ!!)もサイン会をしていた。僕のフィギュアを作ってくれた寒河江弘くんもいる。会場はカオス状態?大阪のエネルギーが沸々と???ソーキそばで作ったオムそばを食べる。お味は・・・。
★夕方、神戸・HAT神戸の兵庫県立美術館で開かれている『ロダンー創造の秘密ー』へ。はじめは重厚な存在感に圧倒されるが、徐々にロダンの繊細な息づかいが見えてくる。これは必見。
★夜、神戸・六甲アイランドで上映されている、『スパイダーマン3』へ。
感想は???
ご無沙汰

です。BLOGの更新が途絶え、「ブログ飽きちゃった?」「…何かあったんですか?」「…体調不良?」などなど、みなさんにはご心配をお掛けしています。いまのところ体調もよく(年齢的には立派な老体ですが)大きな問題はありません。が、僕のまわりの変化があまりにも激しくて、少々、オツカレーです。…大先輩藤岡琢也さん、実相寺昭男監督、鈴木ヒロミツさん、植木等さん、そして同じ歳の大親友秋山君の死…いま新幹線の中でこのBLOGを打っています。今日は青山葬儀所で開かれる植木等さんのお別れの会に出席するための上京?です。「そうそう良かった事もありました!?」僕がやってるNPO法人の理事大寺まり子さんが神戸市会議員選挙に当選した事。…でも、この選挙運動もオツカレーの原因かな!?何しろ時代錯誤も甚だしい選挙戦…。「これでいいのかニッポン」アッ怒ったら元気出てきた!
喫茶アエル
久しぶりに神戸の兵庫区を歩いた。
裏通りを歩くと震災以前とはまるで変わってしまっている。
震災以前は下町情緒があふれる町だったが、いまは空き地の目立ち、いまだにプレハブで営業しているお店も多い。
立ち寄った喫茶アエルは、戦前から営業していたお豆腐屋さんだったが、震災で全焼し再建はあきらめ、ご夫婦で始められたお店だそうだ。店の名前アエルというのがどのような意味かうかがった。
「このあたりはほとんどが焼けて、亡くなられた方も多かったんです。いまじゃみんなほかの土地に移ってしまったんです・・・そんな方々がこのあたりに来ても、区画整理で昔の面影はないんで、せめて私が前と同じ場所でお店をやって、そんな方が懐かしくてここに来た時、みんなに会えるといいな~と、思って、『アエル』っていう名前にしたんです。漢字で『会える』じゃ、ちょっとストレートすぎるでしょ」と、ご主人は照れ笑いをされた。
あたたかい時を過ごせた『喫茶アエル』で素敵なご夫婦と会えた。出会いをありがとう!。
このコメントを書いていると、石川県で地震が起こったとの速報。
また起こってしまった・・・
鈴木ヒロミツさん
年末に部屋を掃除していた時、本棚から一枚の古びた紙が落ちてきた。手にとると黄ばんだ新聞の切り抜きだった。東芝日曜劇場『旅ゆけば』(北海道放送制作)。鈴木ヒロミツさんと初共演した作品だ。アメリカ映画『スケアクロウ』をベースに描かれた作品で、思い出がいっぱい詰まっている。
北海道の原野での撮影。休憩時間に語り合った、「ヒロミツさん、日本のジーン・ハックマンになってくださいよ!」「じゃ堀内くんは、日本のアル・パチーノだなッ!」
ヒロミツさんは最高の兄貴だった。色々な相談にも乗ってもらった。悪いこと!?もいっぱい教えてもらった。
昨年、新幹線でばったり出会った。「堀内くん久しぶりにご飯食べようよ!話したいこといっぱいあるし!」・・・それっきりになってしまった・・・
告別式の会場にはヒロミツさんの歌声が流れていた・・・~のんびり行こうよ~何処までも~・・・合掌
美味い!!

今日は久しぶりの神戸。お好み焼きが食べたくなって、兵庫区の中央卸売り市場の近くにある、『新ちゃん』に行く。カウンターだけの定員六名。味は当然のこと、雰囲気が最高!
ここには昭和が、そして下町人情がある。
タイム・スリップしたような楽しい時間を過ごせた。
タイム・スリップ


ハリウッドで活躍しているプロデューサー一瀬隆重さんが書かれた『ハリウッドで勝て!』の出版記念パーティーに行く。会場で浪人時代の仲間と偶然会う。いま内閣官房長官をやっていた。昔話に花が咲いた。あれから38年…久しぶりにあの頃に帰れた。
お疲れさまでした!
藤岡琢也さんがお亡くなりになった。
デビューした年の秋頃から始まったよみうりテレビの『百年目の恋』という作品で初めて半年間ご一緒させていただいた。
『お洒落』、この言葉は藤岡さんのためにあるのかなッ、といっても言いぐらいお洒落でカッコいい先輩だった。・車・JAZZ・服装・銀座の話・・・。
でも、スタジオではめちゃくちゃ厳しかった。
「マサミ何でそんな芝居するの?そこはこんな風にやったほうが観ている人に伝わりやすいだろ。よく考えてやれよ」と、毎回しごかれた。
このドラマ凄いキャストだった。僕の役は、頼りない有名老舗料亭の三代目。おじいちゃんが曾我廼家明蝶さん、おばあちゃんが沢村貞子さん、父親が植木等さん、母親が扇千影さん、姉が十朱幸代さん。しっかり者の女系と頼りない男系のお話。
藤岡さんの役は僕を一人前の板前に育てる厳しく頑固な料理人。
藤岡さんはドラマの中でも実生活でも厳しかった。
稽古が終わると「正美うちに来い」と言われ、フランス車の助手席に乗りご自宅にうかがった。
お住まいは伝説の『川口アパート』。
「・・・ここが芸能人御用達の川口アパートか・・・凄い!」
きょりょきょろしながらお宅に入ってまた驚き!『こだわり』を絵に描いたような部屋。
シックな色合いのリビングには重量感あるオーディオ。
スイッチを入れた。コルトレーンの曲が流れてきた。
「いい音ですね!」
「こんな音はだめなんだよ。こっちの音を聞いてみろ。」とおっしゃって、もうひとつのスイッチを入れた。同じ曲が流れてきた。あまり大きな違いはないが、先ほどの音よりは幾分ソフトな感じがする。
「何で違うんですか?」
「真空管だよ!真空管!やっぱり真空管はいいだろ。芝居もそうだぞ、ただ台詞を言ってりゃいいもんじゃないんだぞ。聞く人・観る人に心地よくなってもらわなくちゃいけないんだ。こだわりを持て、こだわりを!」
・・・33年前の藤岡さんの言葉が蘇って来た・・・
その後、舞台・テレビ・ラジオで数多くの作品をご一緒させていただいた。
事務所も20年近くご一緒した。
群れることを好まない僕は、群れることを好まない藤岡さんが大好きだった。

























































