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お疲れさまでした!

 藤岡琢也さんがお亡くなりになった。
デビューした年の秋頃から始まったよみうりテレビの『百年目の恋』という作品で初めて半年間ご一緒させていただいた。
『お洒落』、この言葉は藤岡さんのためにあるのかなッ、といっても言いぐらいお洒落でカッコいい先輩だった。・車・JAZZ・服装・銀座の話・・・。
でも、スタジオではめちゃくちゃ厳しかった。
「マサミ何でそんな芝居するの?そこはこんな風にやったほうが観ている人に伝わりやすいだろ。よく考えてやれよ」と、毎回しごかれた。
このドラマ凄いキャストだった。僕の役は、頼りない有名老舗料亭の三代目。おじいちゃんが曾我廼家明蝶さん、おばあちゃんが沢村貞子さん、父親が植木等さん、母親が扇千影さん、姉が十朱幸代さん。しっかり者の女系と頼りない男系のお話。
藤岡さんの役は僕を一人前の板前に育てる厳しく頑固な料理人。
藤岡さんはドラマの中でも実生活でも厳しかった。_030
稽古が終わると「正美うちに来い」と言われ、フランス車の助手席に乗りご自宅にうかがった。
お住まいは伝説の『川口アパート』。
「・・・ここが芸能人御用達の川口アパートか・・・凄い!」
きょりょきょろしながらお宅に入ってまた驚き!『こだわり』を絵に描いたような部屋。
シックな色合いのリビングには重量感あるオーディオ。
スイッチを入れた。コルトレーンの曲が流れてきた。
「いい音ですね!」
「こんな音はだめなんだよ。こっちの音を聞いてみろ。」とおっしゃって、もうひとつのスイッチを入れた。同じ曲が流れてきた。あまり大きな違いはないが、先ほどの音よりは幾分ソフトな感じがする。
「何で違うんですか?」
「真空管だよ!真空管!やっぱり真空管はいいだろ。芝居もそうだぞ、ただ台詞を言ってりゃいいもんじゃないんだぞ。聞く人・観る人に心地よくなってもらわなくちゃいけないんだ。こだわりを持て、こだわりを!」
・・・33年前の藤岡さんの言葉が蘇って来た・・・
その後、舞台・テレビ・ラジオで数多くの作品をご一緒させていただいた。
事務所も20年近くご一緒した。
群れることを好まない僕は、群れることを好まない藤岡さんが大好きだった。_031

 最後の共演は『渡る世間は鬼ばかり』
楽屋で久しぶりにお話しした。
「マサミいくつになった?」
「55です」
「そうか・・・初めて会ったときはいくつだった?」
「23でした」
「そうか・・・マサミも大人になったな・・・父親役をやるようになったんだな・・・」
昔話に花が咲いた。
体調を崩され若干しんどそうだったが、お話は相変わらずお洒落でカッコよかっただった。NHKのラジオで始めたJAZZの番組のことを熱く語ってくださった。
そろそろ帰る時間になった。
楽屋口で挨拶する。
「それじゃ、失礼します」
藤岡さんはうなずきながら
「・・・よかったよ今日のマサミの芝居」
「えッそうですか?でもまだまだですよ、これからもいろいろ教えてくださいねッ」
「もう教えることなんかないよッ・・・また一緒にやろうな!」
そうおっしゃるとニコリと笑った。
ご機嫌な時に必ずする笑顔だった。

・・・それが藤岡さんとの最後になってしまった・・・

「お疲れさまでした!」

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コメント

突然の訃報に驚きました。
4月から「渡る世間は鬼ばかり」を降板され
療養されているとのことでしたが
再びTVで拝見することなくお亡くなりになられたのが
残念で仕方ありません。
藤岡琢也さんのご冥福を心からお祈りいたします。

投稿: びんちゃん | 2006/10/21 16:09

私らにはドラマやCMで忘れられない方でした。

御冥福を祈ります。

投稿: 空歩 | 2006/10/22 04:59

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