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無題

「スッキリした」追悼式の遺族代表としてのメッセージをお願いした中学一年の湯口礼君はステージを降りるとつぶやいた。「いっぱいの人の前でやっぱり緊張したのか」と僕が言うと「ちがうよ、いままで言いたかったことが言えたからスッキリしたんだよ」と笑顔で僕を見た。礼君は震災当時2歳。ご両親とお兄ちゃんが亡くなった。彼はその後おじいちゃんおばあちゃんに育てられてきたのだ。瓦礫の中から発見された時は亡くなっているお父さんの腕にしっかり抱かれていたという。

「僕は、阪神淡路大震災で、お父さんとお母さんとお兄ちゃんを亡くしました。僕は、震災の時2才だったので、みんなのことを覚えていないけど、後で話を聞いたりビデオを見たりして、お父さんとかがどんな人か少しだけ分かったと思う。だけどビデオとか話だけで勝手に想像して、僕が思っているお父さんが、本当のお父さんじゃないかもしれない。でも、小さい時からおじいちゃんとおばあちゃんに育てられて来たのであまりそう言うことを気にしないで生きています。

僕は小学校2年生ぐらいまでは、暗い所がこわくていつも、トイレとかおじいちゃんやおばあちゃんについて来てもらっていました。だけど3年生になった時には友達がたくさんできて、暗い所がぜんぜんこわくなくなって来てもう今では震災の話とか友達にふつうにできるようになりました。

僕は震災の事をいつまでもひきずっているとその人のふんいきが暗くなって、いつまでも友達ができないと思うから、悲しくてもいつも元気でいる事が一番いいと思うし、震災で亡くなった人達もみんながいつも元気だと、たぶんうれしい気持ちになると思うから、今まで震災のことをひきずって暗くなっている人は、これからは元気で生活してほしいと思います。

僕は暗くなったことはないけれど、それはみんながいてくれて、みんなでいっしょに笑ったりしてみんなの元気をもらっていたからだと思います。最後に、僕もみんなに元気をわけてあげたいと思います。いままでありがとうございました。これからもよろしくおねがいします。」

おじいちゃんが言った「立派に育ってくれた。自慢の息子ですよ」

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つぶやき」カテゴリの記事

コメント

湯口君のメッセージについては、ニュースで一部しか聞くことができませんでしたので、堀内さんが全文を打って下さいまして、じっくり読みました。
つらい11年だったと思いますが、これからも前向きに生きていこうという意気込みが伝わりました。
ありがとうございます。

投稿: 笠井 隆宏 | 2006/01/19 23:12

湯口くん自分の思っていたことが言えて
スッキリされて良かったですね。

震災11年目を向かえ援助金が大幅に削減され「1・17のつどい」の開催が今年は危ぶまれたと耳にしました。
湯口君のように身内を亡くされた方たちの
思いを吐き出せる場所として
皆が元気と勇気を分け合え
励ましあえる場所として
そして、何よりも震災の風化を防ぐ為にも
毎年 続けて行っていただきたいと思います。
わずかな力にしかなりませんが
私もその為に協力させていただきたいと思います。

投稿: びんちゃん | 2006/01/20 14:31

今日、工場で「どんぐり」を植えました。
義姉と2人、苗ポット10個分・・・土を入れて「どんぐり」埋めて・・・
あとはお義母さんにおまじない掛けてもらうだけ・・・と。
「無事に育ちますように!」

投稿: Qまま | 2006/01/20 20:50

びんちゃん『援助金が大幅に削減され「1・17のつどい」の開催が今年は危ぶまれた』との報道がされ、ご心配をかけたようですが、ご心配なく!!補助金が無くても開催できます。
来年の「1・17のつどい」をどのような形にするかは3月頃みんなで集まって考えたいと思いますので、その時はぜひご出席ください!

Qままさん「どんぐり」についてですが、みなさんその趣旨が判らないと思います。本来言いだしっぺの僕が説明すべきですが、Qままさんからみなさんに説明してあげてください!よろしく!

投稿: 堀内正美 | 2006/01/20 21:19

堀内さん、おはようございます。
今年も発生時刻にあわせて黙祷をさせていただきました。
昨年、10年を区切りに終わりと新聞やテレビで報道されるものだから、各自で黙祷をするものと思っていました。するとしたら、伊丹市の昆陽池公園や淡路島がメインで、被災した各所で独自にするだろうと。しかし、朝、テレビをつけると東遊園地が映っていて、堀内さんらが映っていたので驚きました。
ところで、灯り通信が半年近く届いていないのを考えると、希望の灯りの活動は開店休業の状態でしょうか。つどいをしたところを見ると、一部の方だけにボランティアを募集して、下部の賛助会員には伝えないようにしているのでしょうか。
事と場合によっては会員更新をどうしようか考えているところです。

投稿: 匿名希望(一会員) | 2006/01/21 09:17

匿名希望(一会社員)さま
NPO法人『1.17希望の灯り』の活動は現在も継続しております。
通信についてですが、前回お届けした『灯り通信11号』は9月1日発行でした。
今回、1月17日発行の『灯り通信12号』がもうすぐみなさんのお手元に届くよう発送作業中ですが、常勤スタッフも居りませんので、若干お時間がかかってしまいます事をご了解ください。

僕が代表を努めさせていただいているNPO法人『1.17希望の灯り』は、みなさまからお預かりした会費とご寄付だけで運営されています。出来る限り直近の情報が掲載された通信をお届けしたいのですが、郵便代・封筒代などもかかり、残念ながら現状では困難な状況です。ひとりでも多くの方に会員になっていただけるよう動いてはおりますが・・・。

催し物・ボランティア募集等につきましては、テレビ・新聞・ラジオなどに協力していただいて毎回告知をしております。

また、賛助会員の方を下部と考え情報を区別したことは一切ございません。
正会員の方も賛助会員の方も大切な仲間です。
現在、正会員137名・賛助会員1284名です。

以上、ご質問に対してお答えさせていただきました。
他にもお気づきの点や疑問がございましたらぜひご指摘ください。お待ちしております。

投稿: 堀内正美 | 2006/01/21 14:29

堀内さんがおっしゃるとおり
援助金が無くても 従来どおりでなくても
「1・17のつどい」を開催する事は出来ますよね!
形にこだわらず「風化させない!」「後世に伝えたい!」
「あの日の出来事を決して忘れない」と言う気持ちを
一人一人が持ち続ける事が一番大切なんですよね。

堀内さんありがとうございます。m(__)m
3月には仕事の都合がつきましたら
是非、参加させていただきたいと思います。

投稿: びんちゃん | 2006/01/21 17:15

「どんぐり」のおはなし・・・。
何からはじめたら良いんでしょう?
ちゃんと説明できるかしら?
『言いだしっぺの僕』からいきなり ドン! とお鉢をまわされて、頭ン中真っ白になっちゃいました。
私にどうしろと・・・。

2006年1月17日神戸震災復興記念公園『みなとのもり公園』で、園内に植える最初の木の植樹式が開かれました。
まずはこの『みなとのもり公園』のことから話さなければ・・・ならないでしょう・・・ね?

『みなとのもり公園』は阪神・淡路大震災を語り継ぐ拠点として整備造成中の「生長する(創り続ける)公園」です。
場所は元JR貨物神戸港駅の跡地で、国道と港に挟まれ、頭上に阪神高速とポートライナーが走っている「いいのか?こんなとこに公園創って・・・」みたいな立地ですが・・・、曰く「だからこそ」なんだそうです。・・・何せここ、神戸のど真ん中と言っても良いような位置なんですから。行政、企業のオフィス、商業地域、復興住宅・・・そのどれもが至近距離にあるんです。防災基地としても重要なポイントになると思われます。
広さは約5.6ha・・・ってどれくらい?・・・甲子園球場×3 くらいだそうです。想像つきます?
日常的には「日当たりのよい芝生や木立、池の水辺、子供たちが遊び、人々が思い思いに憩い、くつろぎ、集うような緑地」=もり=として、災害時には避難場所や救護所ともなる防災活動の拠点として、また、多くの市民活動の拠点として、震災を語り継いでいく場として、市民と行政が協働して創り続ける公園を目指す、と言うようなことが17日に配られた小冊子に書いてありました。

植樹式の前に堀内さんが話されたことば、神戸新聞に要約が載っていました。
「100年前荒廃した六甲山に緑を再生した人たちがいて、震災で多くの土砂災害が食い止められた。震災を生き残った私たちも100年後の人たちのために、生きる力を伝えよう」
その後、公園の最初の木になるエノキを植樹しました。
そして、集まった約150人の市民がコナラやクヌギの苗になる「どんぐり」を200個のポットに植えました。
100年前、六甲の禿山(?)に木を植えた人たちはその恩恵を受けることはなかったけれど、多くの人たちがその再生した山の力によって生かされた。今創ろうとしている100年後の森の姿を、私たちは生きてみることは出来ないけれど、100年後の人たちを守る力の最初の一人にはなれるかもしれない・・・。命あることのすばらしさと復興への想いを子供たち、その子供たち、そのまた子供たちの世代に繋げていくことは出来るんじゃないかな、と・・・。
いつか誰かが、こんな都会の真ん中にある森に来て「何でこんなとこに森があるのか?」とたずねたとき、訊かれた誰でもが震災があったことや、その時生かされた者たちが何を思いどう行動したかをあたり前に語ってくれたなら・・・なんて思いながら。
そして、これとは別に、各自が自宅に「どんぐり」を持ち帰って苗木を育て、2年後の2008年3月22日に育った苗木を持ち寄って、新しい森を創るため園内に植樹する予定です。
「どんぐり」と一緒にもらった育て方を書いた小冊子の表紙には「みなとのもりのたね」と書いてありました。たくさんの人たちが拾った神戸周辺のどんぐりが入っていました。これが、先人から受け継いだ命の襷をまた次の世代につないでいく、その第一歩、になるのだと思っています。
というのが、私が工場で植えた「どんぐり」についてのおはなしです。

私の理解力では・・・この程度ですが・・・、いかがでしょうか?説明になってます?
間違ってはいないでしょうか?

そういえば、公園敷地内の丘の上に花の種もまきました。ここは春になると花が咲いて、ポートライナーの車窓からお花畑が見られる・・・というわけですね。たのしみです。

それから・・・、3月頃の来年を考える集まりに私もお邪魔させていただいてもかまいませんか?

投稿: Qまま | 2006/01/21 19:33

『ドングリ』の苗作りに挑戦をしてみよう!という方は、
僕のメールに『ドングリ送れ』と明記してお送りください。
先着100名さまです。

※Qままさん、ありがとう!
的確な表現に、感謝!感謝!
BLOGのほうにもこの文章をUPしたいので、
堀内風文体に直して(むしがいい話ですが)
メールのほうに送ってください。
よろしく!

投稿: 堀内正美 | 2006/01/21 19:58

私は、湯口君と友達(同クラス)です。
湯口君がメッセージを読んでいる所を、ニュースで見ました。
私は、ずっと「すごいなぁ」と思いながら、見てたんです。
そしたら途中でなんか涙がでてきちゃいましたよ。
・・・何にも考えないで普通にかっこいいと思いました。

本当に『すごい』と、思います。

感動しました。。。

投稿: January 17th. | 2006/01/28 17:37

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