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金八秘話

 「3年B金八先生PART7」が始まった。○○新聞を読んでいたら「全国の教育現場が注目する、あの金八が始まる!」との、見出しが社会面に躍っていた。放送が始まったのがいまから25年前だという。ちょうどソニーのウォークマンやインベーダーゲームが大流行し、「日本もパソコン時代に入り始めた!」と言われた頃だ。「テレビといえばNHK以外は悪影響」、新聞に出るときも「テレビ番組の○○に影響を受けて少年Aが・・・」。それが、「金八先生」は違っていた。武田鉄也さんと僕とは同じ年。僕が必殺仕事人で斬られサスペンスドラマで刑事に追いかけられている頃、武田さんは「先生」と呼ばれていた。生まれた所も彼は博多、僕は世田谷。体型も…失礼、これは余分。僕は「悪影響」彼は「先生」。すべてに対照的だ。そんな二人が出会ったのは1999年製作の「3年B金八先生PART5」の時だった。

 マネージャーから一冊の台本を手渡された。表紙には「金八先生準備稿」と書いてある。「TBSから出演依頼が来てるんですけど、とりあえず読んでみてください」「僕が金八に?」。読んでみると僕にやって欲しそうな役が出てきた。生徒と対立してノイローゼになる教師だ。僕は学校物にもよく出演ていた。ただ武田さんとちがって、「いやみな教師」で。思い出深い映画がある。若い頃、僕の父の助監督をしていてその後、監督になった中山節夫さんの作品「ブリキの勲章」だ。やはり生徒と対立する教師役だった。その時のセリフでまだ覚えているフレーズがある。クラスのツッパリに「そんなことしてたらろくな人間になれないぞ!しっかり勉強していい成績とって、いい学校に行くことがおまえたちにはいま大事なんだ!」と言い、そのツッパリを無視して授業を始めると殴りかかられるという役だ。その役を僕は結構気に入っていた。

 「いいんじゃない。面白そうだよこの教師役」とマネージャーに言うと、「ちがうんです。その役じゃなくて、デイケアセンターの所長さんの役なんです」「デイケアセンターの所長?何で僕が?」「私にもわかりませんよ?ところで、デイケアセンターって何なんですか?」「地域のお年寄りが集まって一日過ごすところだよ。介護介助の専門家も居るんだよ」「それじゃこの台本ミスプリですね。学校のシーンに入っちゃってますもん」「ミスプリじゃないよ。最近は学校の空き教室を利用してそんなところが出来てきたの。それぐらい覚えておいたほうがいいよ、そのうちお世話になるんだから」「あら失礼な」「いま日本は少子高齢社会になってきたの、わかる少子高齢社会って言うのはね、あなたが…」「そんな私の老後は心配してくれなくてもいいですから、この役やるんですか?やらないんですか?早く決めてください」マネージャーの機嫌を損ねたようだ。せっかく老後の心配してあげたのに…。「脚本家の小山内さんに聞いてみるよ。なぜ僕がケアセンターの所長役なのか?」

 「金八」の脚本(シナリオ)を書かれている「小山内美江子」さんは、若い頃、父のスクリプターをしていた。スクリプターの仕事は簡単に言えば「記録係」だ。撮影現場ではいつも監督のそばにいて俳優の芝居のつながりをチェックし、編集作業に入った時に必要な撮影時の情報をシートに書き込む。その存在は、監督にとっては妻以上(!?)に重要だ。父堀内甲が素晴らしい作品を作れたのも、小山内さんのような優秀なスクリプターさんが付いていてくれたからだ。

 「先生、何で僕がケアセンターの所長役なんですか?僕は生徒たちから憎まれる先生のほうがやりたいんですけど」「何に言ってるの、堀内君は震災直後から『がんばろう神戸』って言うボランティア団体を作って、被災された方々の支援をしてきたんでしょ」「そりゃそうですけど…それと『金八』と、どんな関係があるんですか?」「これからは悪い役はやっちゃだめよ。あなたは、被災地の希望の星なんだから」「エッ、被災地の希望の星???」

 確かに、震災から4年という月日が流れていたが、まだまだその傷が癒えていない方が多かった。特に独居のお年寄りは、「…堀内さんはいつもテレビで悪い人をやってるけどほんとうはいい人なんだよねェー。最近は私たちの世話であんまり俳優さんをやってないけど、これからはもっとテレビに出てちょうだいよ、テレビの堀内さんを見るのが唯一の楽しみなんだから…」。さびしい話だ。テレビとしか向き合うことができない方々…明日というささやかな未来に希望を失っているのだ。「…仮設住宅の時は長屋みたいで隣近所がうっとうしい時もあったけど、あの時の方が楽しかったよ…」その姿は、来るべき少子高齢社会下に生きるであろう僕の姿にも重なった。そこでこれからの住まい方の提案として、血縁でない人々が同じ屋根の下にともに生活する「グループ・ホーム」・「コレクティブ・ハウス」の研究会を作り復興住宅にそれを取り入れようと活動していた時期だった。それにしても、「…だから悪い役はやっちゃ駄目」はないだろう…。

 「金八」の放送が始まるとさっそく、「よかったね!今度の役は!やっといい人になれたんだね!」という、お褒めの言葉(?)を数多くいただいた。テレビとは怖い奴だ。

 「先生」といえば、僕のまわりには「先生」と呼ばれる人がたくさんいた。父の父、僕のおじいちゃんは、サッカー界のスーパースター中田英寿を生んだ山梨県にある「韮崎高校」の前身「韮崎中学」の初代校長。学校にサッカーを取り入れたのもおじいちゃんの提案だったそうだ。チョッと自慢!。韮崎という土地は冬は寒く大変貧しかったらしい。そこで体を温めるためという「生理的な欲求の解決」と、仲間同士が補い支え合える関係を作るために「社会教育的観点」からサッカーを選んだそうだ。父の兄弟姉妹は「大学の先生」「高校の先生」「中学の先生」「小学校の先生」「幼稚園の先生」。まるで先生のデパートだ。その中で、「映画監督」の僕の父と「モダンバレエ」の道を選んだだけが異端児だったようだ。もっとも、父は映画監督といっても「児童劇映画」「教育映画」という子どもと親が一緒に観られる映画を作っていたから教育者の端くれだったのかもしれない。

 今回の「金八PART7」でもデイケアセンターの所長役だ。リハーサルでTBSに行くと玄関に、「金八先生」の大きな看板が出ていた。金八先生を囲んで新3年B組の生徒たちの笑顔の写真だ。そこにこんな文字が書かれていた「生徒に教え 生徒に学ぶ」。「これって僕のおじいちゃんが言ってた事と一緒じゃないか!」。おじいちゃんは教員を退職後「学半社」という私塾を自宅で開いていた。遊びに行った時、「学半社って何んなの?」と聞くと「教師は生徒に半分は教えるが半分は生徒たちから教えてもらっているんだよ」、と言った。何でも漢詩に「学半のすすめ」とか言うのがあるらしい。ただ残念なことに「漢詩」というのは僕には拒否反応があったのでその後、調べなかったが…。

 先日、荒川の土手で朝の登校風景の撮影があった。あのオープニングのシーンだ。僕ははじめて土手を歩いた、元気な桜中学の生徒たちと。「金八に出てるぞ!」っていう何ともいえなくいい気分にひたっていた。そんな僕に武田さんが言った「僕たちはもう校長先生の歳になっちゃったんだね…」,「いや、もうすぐ退職ですよ」と僕が答えた。

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コメント

怒鳴ってましたねぇ・・・叫んでましたねぇ・・・、
「なんて情けないことするんだ。
 おじさん(?)は哀しいよ・・・。」って顔して・・・。
なんていい人なんだろう。

あ、でも悪い人も時々はやってね。
すごく楽しんでやってそうだから・・・。

まだまだ退職なんかしちゃ、いやぁよ!

投稿: Qまま | 2004/11/06 19:55

金八先生見ました。
普段お話ししていても
これまでの役柄でも
どちらかというと淡々と話されるのに
よさこいの半てんを手に
激しく迫る姿,驚きました!
「それが仕事じゃないか」
とお叱りを受けそうですが,
とても迫力がありました。
次も楽しみにしています。

投稿: こぶ平 | 2004/11/06 20:27

ほんと、怒ってましたねぇ!
今まであんまりこういうシーンのお芝居は見たことなかったので
ちょっと新鮮!?でした(^^)

投稿: エミリー | 2004/11/06 23:02

私も拝見させて頂きました。
すごく面白かったので投稿させて頂きます!

所長さん、熱い!!!いいですねェ!!

「このドアホぉう!!」
「老人ホームではなく、デイ・ケア・センターです!!」

下駄箱をチラッチラッと覗く様子も最高でした!
今後も所長さんのご活躍が楽しみです!!

投稿: やすよ | 2004/11/07 02:24

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